自然を用いた作風で人気を博し、人間国宝にも認定されている志村ふくみは、草木染めの糸を使用した紬織りの作品で知られる染織家であり、随筆家でもあります。
そこで今回は、志村ふくみの経歴や代表的な作品について、解説したいと思います。
目次
志村ふくみの歴史
志村ふくみは、滋賀県は近江八幡に生まれ、今もなお精力的に活動を続けている染織家・随筆家です。31歳のとき、母である小野豊の影響で柳宗悦の民藝運動に参加し、織物を始めました。
1957年に第4回日本伝統工芸展に初出品で入選すると、それ以降第5回で奨励賞、第6回で文化財保護委員会委員長賞、第7回で朝日新聞社賞、第8回で再び文化財保護委員会委員長賞と、順調に受賞を重ねます。1964年には資生堂ギャラリーにて第1回目の作品展を開催し、その後日本各地で作品展を開催します。
1968年に、京都市右京区嵯峨野に工房を構えます。染織家としての経歴ばかりが目立ちますが、随筆家としての才能も認められており、1983年には「一色一生」で朝日新聞社主催の文学賞である大佛次郎賞を受賞しています。
1990年には、農村の手仕事だった紬織を「芸術の域に高めた」との評価で、紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。執筆活動も継続しており、1993年には「語りかける花」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。
娘の洋子も母同様に染織の世界に進んでおり、2013年には京都市左京区岡崎に、染織の世界を学ぶ芸術学校である「Ars Shimura(アルスシムラ)」を2人で設立しました。2015年にはArs Shimuraの2校目を、京都市右京区嵯峨に開校しています。
志村ふくみの特徴、作風
志村ふくみが手がける着物には、「紬織り」と「草木染め」という2つの大きな特徴があります。
紬織りは、紬糸で織った絹織物です。紬糸は蚕の繭から糸を繰りだして撚りをかけて丈夫にした糸で、これを平織りにしたうえでその生地から作られたものが紬織りになります。
紬織りでは糸に撚りをかける際に太さを一定にしないので、非常に野趣に富んだ織り上がりとなり、ざっくりとした手作りの風合いが楽しめます。利用するにつれて絹のつやが出てくるので、使い込んでいく中で経年変化を楽しめるのも魅力の1つです。
木綿を素材としたものの中にも紬織りと呼ばれるものはありますが、志村ふくみが手がける着物は総じて絹から作られています。
草木染めはその名の通り、草木などから抽出される天然の色素を用いて染色を行う技法です。人工的ではない自然な色合いに染めあげることができるため、素朴でありながら奥行きのある仕上がりとなります。
志村ふくみは、自然の中のデリケートな部分を絶妙な形で顕現させる技法を極めており、草木から抽出したものとは思えない類まれな色彩を用いて着物を制作しています。草木染めを「草木が抱く色をいただく」と表現することもあり、自然に対して真摯に向き合う姿勢がうかがい知れます。
志村ふくみの作品集
志村ふくみの作品は、独創的な美の世界を切り拓くものであり、用いる染料によってそれぞれさまざまな表情を見せます。今回はその中から特に、「秋霞」「月の出」「半蔀」の3つを紹介します。
志村ふくみ:秋霞
秋霞は、志村ふくみが1958年に手がけた作品であり、第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しています。正式名称は「本和染結紋手紬織着尺秋霞譜(もとわぞめゆいもんてつむぎおりきじゃく あきがすみふ)」です。
染料には藍を用いており、着物全体のどっしりとした藍色が非常に印象的な作品です。「秋霞」は秋の季語としても用いられる言葉であり、雲の少ない秋の夜空の様子を、着物というキャンパスのうえに表現したような印象を受けます。
志村ふくみ:月の出
月の出は、志村ふくみが1985年に手がけた作品であり、染料として藍・刈安・渋木が用いられています。藍は藍色、刈安は青色がかった黄色、渋木は黄色の染料であり、全体として青みがかった色合いが特徴です。
月の出の名前の通り、まさに月が昇ってこようとしている瞬間を切り取ったような作品であり、着物の上部はまだ薄暗い星空を表し、下にいくにつれて月明りを表す黄色の配色が豊かになっていきます。1枚の着物の中で「動き」を感じられる作品と言えるでしょう。
志村ふくみ:半蔀
半蔀は、志村ふくみが1985年に手がけた作品であり、染料として茜・刈安・藍が用いられています。茜の発色が非常に豊かであり、どちらかと言えば落ち着いた色合いの多い草木染の着物において、全体的に明るい印象を与える作品です。
格子柄の模様が寝殿造などに用いられた建具である「半蔀」を連想させることが、本作品の命名の由来だと考えられます。現在は福岡県立美術館に所蔵されているので、当該美術館を訪れれば鑑賞が可能です。
志村ふくみの本
ここまでは志村ふくみについて、染織家としての側面や経歴を中心にお話してきましたが、志村ふくみは随筆家としても高い評価を得ています。そこで志村ふくみの著書の中から、「語りかける花」「一色一生」「遺言」の3つの作品を紹介します。
語りかける花 (ちくま文庫)
語りかける花は志村ふくみの2作目の随筆集であり、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した作品です。染織家としての道を歩んでいく中で、折に触れて語りかけてくる草花に対する想い、そしてそのような草花から色を賜って作品を作り上げる想いを綴っています。
ものごとの表面だけを見て判断するのではなく、その奥まで立ち入って本質を見届けようとする意志が感じられる作品です。志村ふくみと同じような「表現者」に対する深く慈愛に満ちた想いが一面に散りばめられています。
一色一生 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
一色一生は志村ふくみのエッセイであり、大佛次郎賞を受賞した作品です。中学校の国語の教科書にも載っていたことがあったため、知らず知らずのうちに目を通したことがある方もおられるかもしれません。
植物から紡ぎだされる色は単なる色ではなく、植物の持つ生命そのものが色を通して映し出されているのではないか、そんな深い思索や想いが綴られています。数十年という長い歳月、草木染めに携わってきた志村ふくみだからこそ生み出すことができる、含蓄に富んだ言葉・表現が多数収められています。
遺言 (ちくま文庫)
遺言は志村ふくみと石牟礼道子の、対談と往復書簡からなる作品です。東日本大震災という未曽有の大災害と原発事故の後で、言葉を交わしあうことを切望した染織家と作家が、新しいよみがえりを祈って紡いだ次世代へのメッセージとなっています。
志村ふくみと石牟礼道子は長年の友人であり、東日本大震災を経験したことで、共に「一日一日が最後のような日々」と感じるようになりました。残された時間が決して多くないことを自覚して初めて分かった、大事にしたいことや後世に遺したいことなどが、本書には詰められています。
折しも石牟礼は、生涯最後の作品を構想しているところであり、本書には2018年に逝去した石牟礼の遺作となった「沖宮」も収録されています。
まとめ
志村ふくみは、日本の農家の女性たちによって普段着の着物として織られてきた紬を対象に美を探求し続け、紬織りや草木染めに無限の可能性を見い出しました。
彼女の作品を一目見れば、鮮やかな美しさに息を飲み、その色が草木から生み出されたものだとは信じられないかもしれません。人間国宝に認定され、京都賞や文化勲章といった華々しい賞も受賞していますが、彼女の自然そして色に対する探求は、いつまで経っても終わることがないでしょう。
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